第32回新美南吉童話賞 落選作品
肉の法王さま
暮里 燐
みなさんお肉は好きですか。私は大好きです。安くて美味しいものをおなかいっぱい食べられたら幸せですね。
昔々あるところに小さな国がありました。北にある寒い国です。その国の人々はみな、お肉を作って他の国へ売ることで細々と生計を立てていました。でもお肉はお高いもの。いつもいつも売れるとは限りません。それに生ものですから、日持ちがしないのです。どうしても売れずに余ってしまうことだってあるのです。
「ああ、またこんなにお肉が余ってしまった。時間がたちすぎて色が変わってしまっている。もったいないけれど捨てるしかない。」
今日もお店の前で荷車一杯の肉のかたまりを前にして数人が腕組みをして悔しそうに言っています。なんとかならないでしょうか。
すると、杖をついたおじいさんが現れ、荷車のお肉をさすりながら言いました。
「これはいい肉だ、いい肉だ」
そうして幾ばくかのお金を渡し、お肉を全部引き取っていきました。みんなはとても喜びました。捨てる手間もなくなり、お金まで手に入ったのです。
別の日も同じようなことがありました。悪い臭いのするお肉を、そのおじいさんがまた幾ばくかのお金を渡し、引き取っていってくれたのです。
「これはいい肉だ、いい肉だ」
それがおじいさんの口癖でした。
狭い国ですので、うわさは瞬く間に拡がりました。そしておじいさんの正体もわかりました。何百人もお弟子さんを抱える肉屋の親方だったのです。安くておいしい肉を売る、と有名で、そのお肉屋さんのことを知らない者などいません。お肉のことならなんでも知っていて、王様からも何度も表彰されている大変偉い人です。
「あの方がそうなのか、そうか、きっと悪い肉を何とかする方法を見つけられたに違いない。私も困った時助けてもらおう。」
そうしてその親方のもとには様々なお肉が持ち込まれるようになりました。そのお肉はどこかしら悪いところがあったのですが、親方はかならず言うのです。
「これはいい肉だ、いい肉だ」
決して引き取りを断ることはありませんでした。
国中の人が、王様ももちろん、この奇跡的な才能の持ち主がこの国にいることに神に感謝しました。そして、いつの間にか親方はだれもかれもからこう呼ばれるようになりました。
「肉の法王さま」と。
こうした動きを、苦々しく思っている者がいました。法王さまの弟子のひとりです。
「また親方が余計なことをはじめた…もう我慢できない」
工場では多くの弟子たちが一心に働いています。多くの肉が運び込まれ、それに合わせた処理がされていきます。毒々しい薬を使った、まがまがしい処理が…
色の悪い肉には発色剤を塗りこみます。悪い臭いのする肉は消毒液に漬け込みます。
それだけではありません。かたい肉には柔らかくする薬を使います。針で脂や、おいしいと感じさせる薬を注入して見事な霜降りのお肉に作り替えます。細かい肉は接着剤でくっつけて立派なかたまり肉に仕上げます。どうしようもない肉はひき肉にして、なにがなんだかわからないようにして、種類の違う肉はもちろん、腐った肉など骨など血など、パン屑に至るまで手当たり次第に混ぜ込みます。
法王さまは肉のことだけでなく、薬のことも大変よくご存知だったのです。そして、一番天才的なところは、ばれるかばれないかの見極めが大変上手なところです。これだけ体に悪いものなのに、体を壊した人はまだいません。お客さんは疑いもせず、おいしいおいしいと言って食べています。
「お客さんが体を壊したりして、ばれたらどうしよう…お客さんに嘘をついているのが怖い、申し訳ない、耐えられない」
弟子は法王さまに会える給料日に、おずおずと、もう嘘はやめましょう、と切り出しました。
「でも、弟子たちを養っていかないといけないしのう…安くないとお客さんはなかなか買ってくれない。いろんな努力をするのは、仕方のないことなんじゃ。ところで今月も頑張ってくれたのう。はい、お給料じゃ」
弟子は黙って給料袋を受け取るしかありませんでした。その後も何度かこの話をしましたが、答えは同じでした。
思い余って弟子は、匿名でお城に手紙を出しました。内幕をすべてぶちまけた手紙です。いらいらしながら待ちました。お給料をもらいながら待ちました。何通も送りました。でもなにも起こりません。ついに気持ちがはちきれて、証拠の肉をもってお城に乗り込みました。それでもお城はなにもしてくれませんでした。
お城の人たちは、しっかり手紙も読んでいました。話も聞きました。でもこう思いました。
「誰も困ってないのに、どうして気にするのかなあ。」
ところが事態は急転します。この国から肉を買っているある国の、噂に敏感な人たちがこの話を聞きつけ騒ぎはじめ、ついにはこの国を取り囲むすべての国も騒ぎはじめたのです。
これではこの国の王様もお城も放ってはおけません。だれもが法王さまに弁解を求めました。法王さまはおもむろに口を開きました。
「肉は売るもので、食べるものじゃない。安くておいしい肉を欲しがるお前らが悪い、まともなやり方でそんなものができるわけなかろうが。わしは監獄に行く、それで満足じゃろう!」
そういうと法王さまは杖をかなぐり捨て、スタスタと監獄に行きました。
法王さまはいなくなりました。信じる者もいなくなりました。工場は息子たちが継ぎました。この国は周りの国から少し白い目で見られるようになりました。でも、みんな安くておいしいお肉が食べたいので、この国のお肉は相変わらず売れています。特になにも変わりません。告発した弟子を除いては。
弟子は工場に居られなくなりました。お客さんからほめられるどころか責められました。責められて責められて、踊り狂ったりふさぎ込んだり、すっかり気持ちがおかしくなってしまいました。告発などするのではなかった。それがこの人のいまの気持ちです。
みなさんお肉は好きですか。安くておいしいものをおなかいっぱい食べられたら幸せですか。
暮里 燐
主として滋賀県高島市に居住
E-mail: rin@kuresato.jp
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